二人だけの夜を

 本を片手に、寒空の下を歩く青年が一人。
 街の華やかな雰囲気とは対照的に、深く落ち着いている。どちらかと言えば、落ち込んでいるのかも知れない。
「三冊じゃ、足りないかなぁ…。」
 香川浩一。平凡な大学二年生。
 平凡な学生だからか、クリスマスも平凡な生活である。街を歩く誰もが、浩一には二人一組に見えた。

 今日はクリスマスイヴ。
 若い男女は同じ時を過ごし幸せに浸るのが相場であろうが、相手のいない彼にとっては、自分の悲しい立場が鮮明に浮かび上がる一日でしかない。
「おはよ、浩一。こんなところで何してるの?」
 そんな中、突然目の前に現れた女の子は、当然彼女ではない。
 浩一はけだるそうな態度をとり、悲しそうに言う。
「図書館で本を借りてきたところだ。」
「ごめん、余計なこと聞いちゃったね。」
 悲しみの中にこもる不機嫌を、彼女は敏感に読みとったようだ。
 …どちらかと言えば、誰もが気付けるほどに不機嫌だったのだが。
「理奈は何してたんだよ?」
「髪を切ってきたの。前よりだいぶ短くしちゃった。似合うかな?」
 抜群に似合う。
 誰もがそんな答えを返すこと間違いなし、それほどまでに似合っていた。今の髪型だけでなく、彼女、片山理奈にはどんな髪型も似合うだろう。彼女自身の出来が良すぎる。
「ああ、よく似合うぞ。…答えがわかってて聞いてるだろ?」
 浩一もご多分に漏れず、彼女の出来の良さがわかっている。
 しかし、本人だけはわかっていないようだ。
「そんなことないよ。自分に完璧な自信があったら、浩一なんかに聞かないもん。」
「なんか、で悪かったな。」
 弱っていた浩一に、とどめの一撃が決まった。
「えっ、そんなつもりじゃないんだけど…。ま、いいや。もう帰るんでしょ? 一緒に帰ろうよ。」
 何かにつけて自覚の足りない理奈の表情は、浩一と正反対。
 この二人、一緒にしておいて大丈夫なのだろうか…。


「それにしても、よく本なんて読む気になるねぇ。」
 クリスマス、恋人なしに、歩けません。仕方ないから、おうちで読書。
 事情を知っているなら、そんな質問はできないだろ、理奈。それでも彼女は平然と聞いてしまう。そして浩一も、今以上に不機嫌になることなく答える。
「ああ、最高の暇つぶしだぞ。」
「私は絶対無理。昔からそう、活字はダメなの。」
「そうだったなぁ、いい加減治ったかと思ってたけど、まだダメなのか。」
「さっぱりよ。読むのも書くのも、大っ嫌い。」
 浩一が不機嫌にならない理由。
 それは二人が幼なじみだから。理奈のことを良く知っている浩一には、どんなことを言うかも先刻承知というわけだ。
「今更治らないか。ところで、なんで髪を切ったんだ?」
 答えはわかっていたが一応聞いてみる。
 浩一の確信を裏切る回答が得られないとは限らないから。
 理奈は浩一の目を見つめて答えを放つ。
「あのさぁ、普通に考えたら、デートだからじゃない?」

 クリスマスイヴ。
 女の子は髪を切りました。
 次にすることは何でしょう。

 綺麗に着飾って、意中の男の子のもとへ。
 やはり、つまらぬ常識圏内に収まったようだ。

「ああ、そうか、そうだよなぁ。理奈だもんな、そりゃそうだ。」
「ちょっと、その『理奈だもんな』って何よ。」
 理奈ほど綺麗ならば、という意味に決まっているだろ。
 浩一だけでなく、全男子諸君の統一見解であろうこの考えが、理奈には理解できていないようだ。
「自覚がないって言うのが、受けるのかねぇ。」
「私のルックスのこと? 自覚がないとかじゃないんだけど、ほら、まぁ、それなのよ。」
「なんだよ。」
 落ち着いている浩一。少し冷たくさえ感じられる雰囲気がある。
 その対局、綺麗な理奈お姉さんはちょっと慌てている。そんなときの彼女のやり方はいつも同じ。
「細かいこと気にしないのぉ。ところでさ…」
 半ば苦笑いの浩一。
 ちょっと顔が引きつる理奈。
 お互いにとって、それは何度となく見てきた表情だった。


「歩くと結構疲れるねぇ。」
 普段は自転車で行き来する道を、今日は歩いた二人。
 浩一の疲れたような顔は最初からだが、理奈は明らかにさっきよりも疲れている。
「あのさぁ、理奈、どうして歩きなんだ?」
 疲れた様子の理奈を見て、当然の疑問を持つ浩一。
「浩一はどうしてよ?」
 答えたくないときの常套手段。何度となく経験した場面を、浩一はいつも通りに進んでいく。
「暇つぶし。今日、明日と、時間はたっぷり余ってるからな。」
「あ、そうね。ま、私もそんなところよ。」
 理奈は歯切れの悪い答えを返す。やはり答えたくないのだろう。
 そこまでは容易にわかっても、その裏に意外な事実が潜んでいることには、浩一もまだ気付けなかった。
「ハッキリしない答えだな。まぁ、いいか。デート、ガンバれよ。」
 自宅のドアに手をかけながら、浩一は声をかけた。
 お隣に向かう理奈は、さりげない応援に変わった答えを投げる。
「それより、浩一、今日は暇なんでしょ?」
「ああ、言うまでもなく。」
「それじゃ、ガンバる、ね。」
「ああ、ガンバれよ。」
 表面上、さっぱり噛み合っていない会話。
 しかし、彼ら幼なじみの心の中では…、やっぱり噛み合っていなかった。




 −−ピンポーン

「せっかく本を開いたところなのになぁ。」
 暇つぶしとは言え、大好きな読書の時間がお預けになるのは気に食わない。
 邪魔するヤツはどこのどいつだ?

「はぁい、何ですか。」
 宅配便だったりすると面倒なので、インターホンを使わずに直接玄関のドアを開ける。すると、見知った顔がそこにあるではないか。
「はぁい、理奈ですよ。」
 浩一は少しびっくり。
 いたずら心をいっぱいにやってきたのは、これからデートで幸せいっぱいの理奈。顔に幸せが滲み出ているのが恨めしい。
「何の用だよ?」
 びっくりしながらもさすがに落ち着いている。
 今日の彼の落ち着きようと言ったらこの上ない。深い絶望の淵で悟りを開いているのだから。
「素敵な彼女が迎えにきてあげたんだから、もっと嬉しそうにしなさいよ。」
 はぁ? 今、何か言ったかぁ?
 理奈のヤツ、何を言ってるんだ? 予行演習のつもりかねぇ…。
「だぁ〜っ、何をぼーっとしてるのっ。ほら、出かける準備しなさいよっ。」
 だから、俺はデートの予定なんかないって。
 理奈の言動をさっぱり理解できない浩一は、あまりの理解できなさに言葉を失っている。
 一方の理奈はと言えば、そんな浩一などお構いなしにもう一言。
「私の言う通りにすればいいのよっ!」


 ライトグレーのコートの下から、真っ白な足がすらりと見える。冬ならば絶対寒いであろうミニスカートも、デートのためならきっちり着こなすのが女の子と言うものだ。
 ダークグレーのコートの下は、ブルージーンズ。なにやら思いっきり暗そうに見えるのは、服装より彼の表情のせいかも知れない。

 明らかにアンバランスな二人。
 そして、明らかに突飛な思いつき。…理奈の。
「どうせ暇なんでしょ? 買い物に付き合ってよ。」
「構わないけどさ、相手を間違ってないか?」
 クリスマスイヴ、もうおやつの時間を回っている。
 今から買い物へ行くのに、彼氏以外を連れて行くことがあろうか。

 ない。
 理奈のヤツ、一体何を考えているんだか…。
「クリスマスにあわせて、真っ赤なコートを買いたいの。絶対可愛いと思うんだけど、浩一はどう思う?」
 どう思うって、そりゃ、不思議としか言いようが…。
「何を煮え切らない顔してるのよ。しゃきっとしなさいよ、私と並んで歩くんだから。」
 ま、不思議がるのも仕方ないんだけどさ。
 理奈は浩一の心境を、手に取るようにわかっていた。しかし、それをどうこうしようとは思っていない。今の彼女にとって重要なのは、これからの買い物だから。




「ねぇねぇ、似合う? ほら、私、凄く目立ってるよね?」
 真っ赤なコートを新調、早速着替えてご満悦の理奈。
 人通りの激しい繁華街の中でも、確実に理奈は目立っている。どこを見回しても理奈ほど綺麗な女の子はいない。そして、不思議な女の子はいない。
 理奈は一体何を考えているんだ。
 いい加減ハッキリ聞いておかないとな、そう思い、浩一は口を開いた。
「ああ、よく似合うよ。ところでさ…」
 今更ながら、やっと切り出した浩一に理奈はすかさず答える。
「だいたいわかってるでしょ。私もデートがあったりはしないのよ。でも、家にいてじっとしてるのもアレじゃない。そこで、浩一とデート、ってわけね。」
 そこまで一気にしゃべると、理奈は少しうつむいた。

 理奈は綺麗だし、性格もとびきり良い。
 今まで二十年近くずっと一緒にいて、ずっと好きだった。
 今も大好きだ。
「あきれたヤツだな…。」
 だから、バカにも付き合ってやるか。
「ありがと。きっとそう言ってくれると思ってた。」
 好きな男が鈍いってのも、少々困ったものね。
 私の行動を見て気付きなさいってば。…こうなることは、わかっていたけどね。
「寂しいもの同士、仲良くやるか。」
「そうね、一人よりは二人よ。」


 一寸先は闇、ではなくて、一寸先は光、であろうか。
 人間、未来のことなんて誰にもわからないのである。

 お互い一人で冷たいイヴを過ごす予定だったのはさっきまでのお話。
 今では二人で、煌びやかなイルミネーションを眺めている。
「このパスタ、美味しいね。」
「ああ、うまいなぁ。しかし、俺たちがこんなところにいていいのか?」
 見渡す限り恋人たち。
 そんなイタリア料理店に、明らかに異質の存在だった。
「いいに決まってるじゃない。私たち、どこから見てもお似合いのカップルよ。浩一、私のこと好きでしょ?」
「ああ、そりゃなぁ、そうだけど。それを言ったら、理奈も一応、俺のことが嫌いじゃないだろ?」
「ええ、もちろん。ほぅら、相思相愛。何の問題もなし。」
「そりゃそうだけどさ、ちょっと違うんじゃないか、やっぱり。」
 ちょっとじゃなくて、だいぶ違う。
 それでも、店の雰囲気にはしっかり溶け込んでいた。

 どのテーブルを見ても、理奈ほどの女はいない。
 どのテーブルを見ても、浩一ほどの男はいない。
 お互い、密かに自分たちが一番だと、思い込めていたりするくらいに。
 思い込んでいるからこそ、綺麗に溶け込めているのだろうか。

「それにしても、理奈が今日、暇しているとは思わなかったな。」
「それは浩一にも言えると思うけど。結構驚きよ。」
 お互い好き同士で二十年も付き合ってきた仲である。
 相手の悪いところも知っているが、良いところはもっとたくさん知っている。ずっと好きでいられるくらい、素晴らしい相手なのだから。
 そんな相手に、恋人がいないことが意外なのは当然かも知れない。
「理奈のルックスで落ちない男なんてそうはいないだろ?」
「ええ、そうね。ほとんどいない。」
 自覚の薄いであろう本人が、あっさりこんなことを言えるくらいのルックスなのだ。
 浩一の言う通り、大抵の男は落ちる。そして性格だって良いのだから、すぐに別れることだってなかろう。
「でもね、ほとんど、なのよ。嫌いなのね、人を見た目で判断するのって。そういうのに限って、ろくでもないのよ。私の身体さえ手に入ればいいと思ってる。」
「綺麗は綺麗で、贅沢な悩みを持つんだなぁ。」
 ルックスという点では明らかに冴えない浩一。
 大抵の女ならどうにでもなるよ、などと言えるのはいつの日のことか。その日はきっと、一生来ないだろう。
「じゃぁ、浩一が彼女にする子、綺麗なら他は気にならない?」
「まぁ、それを言われるとアレだけどさ。」
 理奈の話は極端すぎる。
 でも確かに、その通りだと浩一も思う。
「性格とか、考え方とか、そういう内面的なものの方が絶対大切。そうでないのなら、お人形さんでも抱いてればいいのよ。」
「そうかもな。…理奈を彼女にしたいとは思わないし。」

 平均点の顔に、不敵な笑みが浮かぶ。
 どうやら頭は、平均を大きく上回っているみたいだ。
「ちょっと、それどういう意味よっ。私の性格が悪いとでも言うわけ?」
「良かったら抱いてるよ。」
「きぃーっ、黙って言わせておけば…」
「黙ってないだろ。そういうおしゃべりなところはどうかねぇ。口数少ない大和撫子の方が俺は好きだぞ。」
「あんたこそ、男のくせに黙りなさいよっ。」
 周りに聞こえているぞ、二人とも。
 そんなことで注目されても仕方ないんだから。

 どのカップルよりも素敵な笑顔で、最悪の論戦を繰り広げていた。
 当然、そんな二人は注目の的。残念ながら、その視線は奇異の眼差しだったけど。




「星が綺麗。」
「幸せそうに眺めている二人が、ごまんといるだろうな。」
 住宅街にある二人の家の周りは、とても静かだった。
 さっきまでの煌びやかな光景が嘘のように、月明かりだけがあたりを照らす。
「私たちも幸せよ。」
 二人は笑顔で、満天の星空を仰いでいる。
「まぁ、そうだな。結構楽しいし。」
 場に飲まれたのか、しんみりとした雰囲気で浩一は言った。
 そんな浩一に飲まれたのか、理奈もだいぶおとなしい。
「結構とは失礼ね。ま、今日は許してあげるけど。」
「ありがと。それにしてもクリスマスを一緒に過ごすのって、何年ぶりだろうなぁ。」
「六、七年ぶりかな。こんな楽しい時を六、七年もお預けにしてきたかと思うと、ちょっと残念。」
「そうだなぁ。特に中学生の頃なんて、意図的にお互い、避けてたからな。」
 理奈と浩一、今では恋人をも凌ぐような、仲の良い幼なじみ。
 しかし、この幼なじみの関係だって簡単に手に入ったものではない。
「バカよね。何を考えてたんだか、あの頃って。」
 この二人の間にさえも、男女の壁が存在した。
 中学生の頃、そう、ちょうど思春期の頃だろうか。誰もが異性にたいして特別な意識をしてしまう。人間判別の第一条件が、性別になってしまっているのではなかろうか。
「さぁな、女とか、男とか、きっちり分けたがってたな。」
「そう、異性の相手と一緒にいたかったり、いたくなかったり。」
 そして、異性だと判断すると、気になりながらも遠ざけてしまったりするのである。
「ま、若気の至りってヤツだな。」
 浩一は星空から理奈へ、その視線を移した。
「今でも若いんだけど、少なくとも私は。」
 理奈は星空から浩一へ、その視線を移した。
 目が合うと、お互い、何となく笑っている。

「浩一は、このあとどうするの。」
 理奈はぽつりと言った。
 私を一人にするなんて許さないからね、そんな目をしながら。
「俺も暇だから安心しろ。」
 どんな恋人にも負けないくらい、お互いのことをわかっている。
「そっか。じゃぁ、うちに来なさいよ。一人じゃ寂しいもの。」
 でも、お互いの兄弟の話となるとそうでもないみたいだ。
「一人って、弟はどうしたんだよ。」
 理奈も浩一も、それぞれ弟がいる。
 伸行と浩樹。姉と兄が同い年ならば、弟たちも同い年だった。
 そして二人揃って、姉と兄とはだいぶ違ったクリスマスを過ごしている。
「小生意気にデートだって。姉を差し置いていい根性してるよね。」
 顔にこそ出ないが、かなり悔しそうな理奈の声。
 確かに理奈ほどの女の子だったら、一人なのが意外であることは誰もが認める。悔しがっても良いかも知れない。
「伸行もか。浩樹もデートだってよ。親が恒例の旅行中でいないのをいいことに、あの歳で外泊だとか抜かしてやがる。」
「あら、浩樹ちゃんったらおませさん。うちの伸行はどうするつもりかしらね。うちも親は旅行中だし、ガンバっちゃうのかしら。羨ましいわねぇ。」

 静寂に包まれた夜道を、下世話な話が通り抜けていく。
 そして目の前に並んでいるのは、二人それぞれの家だ。

「誰もいないみたいだな。」
 真っ暗な香川邸。
「どうやら、うちもいないみたいね。」
 真っ暗な片山邸。

 そんな事実を目の当たりにして、二人は同時に肩を落とした。
 楽しい時間を過ごしているとは言え、やはり、理想のクリスマスに未練が残る。

 そんな落胆を振り払うかのように、理奈が誘う。
「浩一、あたしのうちに…。」
 誰もいない静かな空間に、細い声は響いた。
 誘いを受けて良いものか、とまどう浩一は小さく発する。
「ああ、わかった…。」
 抱き留めるような、小さいけど頼りがいのある声で。

 そして、次の瞬間。

「わかったって何がよ、浩一。女の子相手にそんなことばかり言ってるのぉ?」
「おまえこそ、何を可愛い子ぶってるんだ。引っかけられた方が可哀相で仕方がないぞ。」
 品のない大声が、誰もいない静かな空間を派手に切り裂いていた。
「何言ってるのよっ。私はこれでも、まだまだ純真無垢なんだから。」
「あのなぁ、理奈。仕組んだように声を小さくするどこが、純真なんだよ。」
「戦略性なら浩一じゃないの。いつあんなに控えめなことを言うようになったわけ?」
「おい、俺はいつだって控えめだぞ。理奈みたいに色仕掛けで積極的に攻めたりしないからな。」
「ちょっと、それは言い過ぎよ。だいたい、可憐な女の子が色仕掛けなんて、あり得ないのぉ。」
「可憐? 淫乱の間違いだろ。」
「ひっどぉい。言っていいことと悪いことがあるのよっ。それは絶対に許せない。」
 …聞こえてるぞ、周りに。
 当人たちは、全然気付いていないのが困ったものだ。

 それでも、物事には終わりがやってくる。ありがとう、自然の摂理。
 お互いに疲れて、無益な口論を終えて、今度こそ理奈が一言。
「はぁ、ま、いいわ。うちに来なさいよ、ケーキ作ったの。」
 戦いの果て、台詞を吐くその口調には、もう、可愛さの欠片もなかった。
「ああ、ケーキか。おまえ、見かけによらず好きなんだよな、そういうの。」
 死闘の末に、再び火種となりかねない言葉を放てるのは才能だろうか。
 浩一自身はそれに気付いていないようだが。そして理奈も、再び戦火を燃やす余裕はないようだ。


「ただいまぁ。」
「お帰りなさぁい。」
 理奈にとってはもちろん、浩一にとっても慣れ親しんだ玄関。
 二人にとっていつも通りの空間。普通に考えたらちょっとおかしい挨拶でさえ、日常に変えてしまう、そんな空間。

 しかし、いつも通りの空間にも、特別なことは起こる。
 これから始まることを二人はまだ知らない。
 もう一度クリスマスの奇跡が訪れる可能性。そう、想像もできないようなことが、これから訪れるかも知れない。

 未来のことは何一つ否定できない。

 二人の長い夜は始まった。
 そして、楽しいクリスマスは始まったばかり。

拡張差分を読む
あとがきに続く。