ほのかな恋 - graduate from me -

 素直に「好き」と言えたら...。
 私は桜木芙由香。北海道に住んでいる、十五歳、中学三年生の女の子。といっても、もう卒業。そして、二週間後の卒業と同時に、私は東京へと引っ越す。高校は東京。希望の学校に合格して嬉しいんだけれども、でも...。

 北海道にしては、雪が少なく、暖かかった冬。そのせいか、春の訪れも早そう。もう、何となく春の雰囲気がする。
「おはよ〜、芙由香ぁ。」
「あ、おはよ、晴美ちゃん、麻衣子ちゃん。」
「もう、この学校ともお別れだね〜。周りの雰囲気はすっかり卒業式だし、なんか、いよいよって感じだね。」
「そ、そうだね...。」
「芙由香ぁ。あんた、大丈夫なの? そんなにか弱くって。東京に一人で行くんでしょ?」
 そうなの。私一人でいくの。
「う、うん。大丈夫だよ、私は全然平気だよ。」
 ホントは...。

 もう、二週間しかないんだ。私には、この学校にいる間にやらなくちゃならないことがあるの。そう、好きな彼に告白すること。「好き」って言うこと。もう、二年も迷ってる。二年も言えずにいた。今日こそ言うの。「好き」って言うの。

 放課後、私は教室で一人だった。彼は卒業式の準備で帰りが遅い。だいたい、七時頃になるんじゃないかな。それまで、私は教室で一人。はぁ〜ぁ、眠い。昨日、彼になんて言うか考えていて、寝不足だったんだ。チョットだけ...。

 ...窓から見える景色は、夜だった。時計をみる。六時五十分。あ、大変。私は裏門のところにある駐輪場に急いだ。良かったぁ、彼はまだ帰っていない。自転車があるもの。
 ...あっ、彼だ...。言わなくちゃ、言わなくちゃ「好き」って。もう、時間がないの、今じゃなくちゃいけないの。
「...か、香川くん...。」
「ふ、芙由香っ、どうしたんだ? もう、七時だぞ。何やってたんだよ?」
「...何って...」
「ま、何でもいいや。ん...自転車に乗れよ。送っていってあげるからさ。こんな暗い中、女の子を一人にするなんてできないもんな。」
「ありがとう...。」
 神様、ありがとう。私、ガンバらなくっちゃ。

「な、なぁ、芙由香。」
「な、なによぉ。」
「しっかりつかまらないと、お、落ちちゃうぞ、自転車から。」
「そんなこと、わかってるわよ。」
 どうしてだろう。ホントは嬉しいのに。とても嬉しいのに。私のバカ。バカ、バカ、バカ。
 私の家までは、だいたい三十分。でも、今はそれが一時間にも、二時間にも感じられた。無言のうちに時は過ぎてゆく。

「...芙由香...。」
「芙由香、東京に行っちゃうんだよな...。」
「そうよ、いいでしょ。」
「...そうだな...。」
 私のバカぁ。何で、そんなことを言うのよ。これじゃ、ひどい女の子じゃない。ますます言いづらくなっちゃうじゃない...。
「...芙由香...。」
「な、なによぉ。」
「...迷惑かもしれないけど...。」
「ぇ?」
「...好きだ...」
「っえ?」
「オレ、おまえのことが、芙由香のことが好きなんだ。今までずっとそう思ってた。いつか言おうと思ってた。でも、芙由香が東京に行っちゃうと聞いてから、困った。今、オレが何を言っても、芙由香はオレのところから離れていっちまう。かなわないなら、ふられるくらいなら、言うのをやめようと思ってた...。でも...、こうして芙由香と一緒にいると...。」
「な、何言うのよ。迷惑もいいところよ。」
「そ......そう...か...。」
 嘘。なんで。私なの、今言ったのは。そんなの私じゃないよ。私は、
「香川くんのこと、好きなんだからぁっ。」
「えっ...、芙由香...。」
「私だって、好きなんだからっ。」
「...そ、そうなのか。これ、夢じゃないよな、な。」
「...うん。」
「芙由香、好きだよ、大好きだよ。」
「私も、私もだよ。」
「芙由香ぁーっ!」
「っあ!」

-- キーッ、ガッシャーン...

「...芙由香、芙由香、芙由香ぁ。」
「...か、香川くん...。」
 私たち、自転車で転んじゃったんだ。あれ、動けない。
「芙由香...。」
 ひゃっ、えっ、何? どうなってんの。な、何っ!
「...大丈夫か、芙由香...。」
 嘘、そんなっ。どうすればいいの、私。い、今、私、香川くんに抱かれてる。そ、そうなのよね。
「...ぁっ...。」
「好きだよ、芙由香...。」

 あれ、ここはどこ? 確か、私は香川くんと一緒に自転車で転んで...、あっ。
「芙由香、気づいたか。ここはおまえの家だよ。多分、おまえの部屋だ。あ、ごめんな。おまえのカバンの中から勝手に鍵を出しちゃって。」
 目の前に香川くん。二人きり。今日はパパもママも帰ってこない。香川くんと二人きり。
「や、やめてっ、もう帰ってよ。早く帰ってよ!」
「ふ、芙由香...」
「帰ってよ!」
 嘘...、信じられない。今、私、なんて言ったの...。なんで普段通りにできないの。普段の私、気が弱くって、誰にも何も言えないのに。それがイヤだなって思うときもある。でも、でも...。今は...。

 もう、香川くん、帰っちゃったよね。私ったら、バカ。もう、手遅れよ...。
 あれ...、何かしら、これ...。


 芙由香、ごめん。
 オレがなんか悪いことしちゃったんだよな。
 ごめん。

 言い訳みたいだけど、
 オレは悪いことするつもりなんてなかったんだ。
 ホントに芙由香のことが好きなんだ。

 もし言い訳を聞いてくれるなら、電話、くれないか。

 香川


 謝るのは、私の方だよ。ごめん、ごめん、香川くん。
 私、ちゃんと謝らなくちゃ。香川くんの電話番号、これよね...。

あとがき に続く。